「ドーナツを買ってきてほしい」と頼まれたとして、どのような『ドーナツ』を思い浮かべるだろうか。頼まれた相手がどのような「ドーナツ」を想像してこの話を持ちかけてきたのだろうと考えながら、輪になったドーナツやたっぷりクリームが入ったドーナツもあるし、チョコがかかっているのか砂糖をまぶしているのか、様々な選択肢があることに気づく。
人それぞれの思考や理想、経験から生まれる抽象的な物事から作り出される部分は多岐に渡る。いくつもの考え方ができるからこそ、抽象的なものは分かり難さを感じつつも、共通して一般的である。個人が思い描く事柄から派生する「考え方の違い」が非常に興味深い。
理系大学の出身だと話すと、専ら文系と理系の考え方の違いの話になり、「確かに文系と理系ではモノの捉え方が根本的に違うのかもしれない」と、納得する。そして私が決まって話すことは「答えがきっちり出ないと落ち着かない」という思考であることだ。数学の中でも「証明問題」や、公式を利用した計算が好きであり、「この方法を利用したことによりこの答えが得られる」という形が欲しい。昔からテストで付けられる「三角（△）」の意味が理解し難かった。正解不正解にならない答えなんてあるのかと、回答部分に間違いがあるならば「不正解」で構わないといった考え方だ。
今回の本は、私が日々感じている人や学問により様々な見解があることの証明が為されていおり、大阪大学の様々な研究者が自らの専用分野の視点から本質を掘り下げる。共通した問いかけは『ドーナツを穴だけ残して食べる方法』と非常にユニークではあるが、この問いかけは「常識を疑え」ということに繋がる。学問にとって、最も根本にある姿勢であることが解る。今回の問いかけに対し、物理派で考えるのならば、いかに穴を残すかというところに焦点を置く。芸術派であればそもそも穴というものは存在するのか、という考え方にもなる。私がこの本を手に取った時、瞬時に「どう削れば残るんだろう？」と考えた。この考え方は本書では工学的思考となる。考え方には系統により異なるが故、自分と違う考え方に触れる機会を与えてくれる。
違った思考の中で、最も興味深く感じたのは「精神医学人間論」という精神病理学の考え方だ。精神障害に現れる様々な病的精神活動（精神症状）の意味について研究する学問である。精神障害の意味を解明し理解することにより、理解に基づいた治療（精神療法）を実践して研究の成果を臨床にフィードバックし、精神障害の治療に貢献することを目指している。精神医学的人間論の視点から、『人間の心が求めているもの、それはドーナツの穴のようなものかもしれない。』としている。 無限に続く時間の一部を切り取り、私達は自ら「有限の時間」として定義し、その中を生きる。ましてやドーナツに穴が空いていないのならば、ドーナツは限界のある存在となり、自己の境界を守る単なる「揚げパン」でしかないということだ。そこに穴が空くことにより無限の可能性が出来上がる。
また、ドーナツの穴を残すという考え方ではなく、寧ろドーナツの穴は『空』であり、かじられて消えたものは、『周囲の壁』に過ぎない。有限の世界の中に開いた穴を「可能性」とし、最後にどこに続くのか知らない状態で歩き続ける人生を描く。穴（空）そのものが消えないように、人の心にある理想も消えることはない。人生をいつまでも到達することのない理想の場所への旅とし、「私たち人間はドーナツの穴の周りをめぐる旅人」であるとしている。
「常識」について考えたことはあるだろうか。人の見解は様々であり、１つの事柄に対してもあらゆる角度から読み取ることが出来る。自分の身の回りだけの「常識」に埋もれないことは、自分の「常識」の幅を広げる。物事は全体を見るように心がける。私はこう思うけれど、あの人はこう考えているかもしれない、と横を見るだけで人生の面白さをも広がりを持つのではないだろうか。無限に続くドーナツの穴の周りを巡る旅人として、自ら思い描く「答えをきっちりと出したい」という課題にも立ち向かっていきたい。
私の心の問いかけに心動かされた方は、この本を手にとっても良いかもしれません。この本があなたの人生を変える一冊になると嬉しいです。
ドーナツを穴だけ残して食べる方法
［著］大阪大学ショセキカプロジェクト
